アーチェリーに燃える親父のブログ

アーチェリーに情熱を燃やし始めた40代親父の青春日記

045 腰痛で入院しました。

 

 

 先週から、左の臀部に強い痛みがありました。

 

 その後、徐々に悪化し、一昨日の夜から一気に痛みのレベルが跳ね上がりました。激痛エリアも、左の腰へと拡大し、地獄です。

 

 激痛で寝返りできません。そんな訳で、一昨日の夜は、痛みに起こされ、ほとんど寝れませんでした。

 

 昨日は、朝から痛み全開でした。 

 身体を起こすことは全くできません。

 仰向け、うつ伏せ、できません。

 四つん這いですら、重みに耐えられず、断念です。

 

 抱えられて、涙流しながらイスに座ろうとしても、腰が上半身の重さに耐えることができません。上半身が、腰を力いっぱい押しているのです。

 

 

 

 私は今、地球の重力を、感じています。

 

 

 比較的OKなのは、右半身を下にして、身体を丸めた姿勢です。その姿勢のまま、小刻みに、もぞもぞしながら、5分かけて、3メートル移動しました。

 

 トイレの側へ移動したかったのです。

 

 

 

 さて、どうやって、「する」かな?

 

 

 

 

 あなたならどうしますか?

 

 

 

 

 案1 悶絶作戦

   妻に支えさせ、激痛に耐えながら立ち上が

   り、悶絶しながらトイレへ移動し、する。

 

 

 案2 ちょろちょろ作戦

   牛乳パックに、ちょろちょろ、する。

 

 

 案3 わんちゃん作戦

   犬用のオシッコシートに、する。

 

 

 案4 無になる作戦

   身体から意識を離脱させ、身体が勝手に

   行うことは、私とは関係ないこと、そう、

   全ては無。しちゃったとしても、それは

   私とは関係がない、私には何も無かった、

   私は今、無の境地にいるの、とする作戦。

 

 

 

 

 

 

 痛みでのたうち回っている父を、可愛い娘たちは、心配することなく、ゲラゲラ大笑いして見ていました。

 

 

 

 自分の心にとても素直な娘たち……

  そして

 どんなときも明るさを忘れない娘たち…

 

 

 

 

 けっ、コノヤロー

 

 

これ以上、笑いを提供する訳にはいかない。

 

 

 

 

 かなり、激論を交わした挙げ句、結局、一番面白みのない案1を、ガッツで採用しました。 

 

 

 

   しました。

 

 

 

 めちゃめちゃ、辛かった、痛かったです。そして、文字通り支えになった妻に、感謝と、申し訳なさと。一人では「する」ことさえできない自分に無念。

 

 

 

 

 カッコ悪いおしっこはあるけど、カッコいいおしっこってないよなー、なんてことを考えて、ひとりくすくす笑ってました。

 

 

 

 

 で、

 

 

 介護なしでは、身体も起こせず、トイレにも行けない。通院したくても、激痛で車に乗れない。そもそも、駐車してるとこまで行けない。座れないから車椅子も絶対無理。痛みは増すばかり。家族の笑いも増すばかり…

 

 

 

 

 ん? 待てよ…… よく考えろ……

 

 

 

 通院は絶対必要。

 起き上がれないから、車まで行けない。

 車まで行っても、激痛で乗り込めない。

 乗り込めても、振動に腰が耐えられない。

 診察できても、激痛で帰れるとは思えない。

 

 明日は、家族は誰もいない。

 飯は食えても、おしっこ無理…

 

 

 おしっこ?、 わんちゃん作戦! いやいやそんなことは考えてはいけない…

 

 

 

 こんなとき、日本中にいるであろう腰痛で起き上がれない人々は、一体どうしてるのだろう?

 

 

 

 ネットで調べても、期待する記事は出てこない。救急車を使うというのはあるが、それ以外はなかなかヒットしない…

 

 

 救急車の使用は、命に関わるときのみ

 

 

 多くの人と同じように、私もそう思います。

それだけに、かなり悩みました。

 

 

 

 

 

 こんなときこそ、相談です。

 

 

 

 

 

 #7119 相談ダイヤル

 

 救急車を呼ぶべきか、やめるべきか、悩んだら、すぐ電話してね、という例の電話です。


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「命に全く関わらないことなのですが、電話しても良かったでしょうか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。どうされましたか?」

 

「お忙しいところ、申し訳ございません、調べても、よく分からなかったので、教えていただけたらと思い電話しました。」

 

「かしこまりました。看護師に代わりますね。」

 

 

 なるほど、まず交換士が出て、緊急か否かを即断するんだな… そして、看護師が専門的な対応をするんだな…。

 

 

 

 そして優しい看護師さんに、病院へ行く手段について悩んでいることと詳しい症状を伝えました。

 

 

「呼ぶべきです。

 それ以外に選択肢はないと思います。」

 

「そうですか。でも生き死にに関係ないですよ」

 

「通院は絶対に必要です。生活が全く成り立たない状態ですよね。起き上がることも、這うこともほとんどできないのであれば、自力の通院は無理ですよね」

 

「こういうとき、他の人はどうしてますか?」

 

介護タクシーもありますが、専門的な人が数人いないとタクシーまで乗せれないですよ。体重は軽い方ですか?」

 

「重い方です。」

 

「しかも、普通の車なら雪道はすごい振動ですよね。腰、耐えられないですよね。」

 

「そうですね。」

 

「私の方で今、119番に電話して、救急車の要請しますが、よろしいですか?」

 

「自分で電話しますね。ありがとうございました。感謝します。」

 

 

 

 

 それでも、呼ぶことに抵抗がありました。

その後、15分間くらい更に悩み続けました。

 

 常日頃より、命を救う救急車を、しょーもねーことに使ったり、タクシーと勘違いしてる奴らに、私は激しい怒りを感じています。

 

 救急車を見かける度にいつも

「間に合ってくれ、大丈夫でありますように」

 と念じている私です。

 

 私が救急車を呼んだせいで、助かるべき命が、助からなくなったらどうしようか? 迷いました。

 

 

 

 

 恐る恐る119番に電話しました。

 

 

 まず、電話したことを謝り、119番に電話した経緯を簡潔に伝え、

「ダメならダメでいいです」とか、「救急車に何台か余裕ができた時にして下さい」とか「こんなことで呼んでも良いのでしょうか」とか、言いました。

 

 #7119に電話していたことで、トントントンと話が進みました。

 

 

 救急車が到着し、屈強なプロの人に3人がかりで家から運ばれ、ストレッチャーに固定され、車内へ。

 

 あり得ないくらいの安定感で運んでいただきました。激しい痛みがあまりにも出なかったので、

 

「あれ? まずい。

 いつの間にか治っていたのかも。

 どうしよう、 

 呼ばなくて良かったんではないのか? 

 あー、ごめんなさい、申し訳ないです。」

 

と思いました。

 

 

 

 ちなみに、病院につくと、家の時と同じように、というか、更に激しく痛かったです。

 

 

 

 ホッとしました。(?)

 

 

 

 

 

 

 #7119の交換士さん、看護師さん、119の交換士さん、救急隊員さん、本当にありがとうございました。

 

 

 

 検査と診察後、即入院となりました。あのとき、入院していなければ、その後に起きた激痛への対応ができなかったと思います。  

 

 ありがとうございました。感謝感謝です。

 

 

 

 

 

 わたし的には、あのとき呼んでホントに良かったのですが、救急の立場で見たときに、呼んでしまって、本当に良かったのか、未だに悩んでいます。

 

 

 

 

 

 アーチェリー、また、しばらくお休みかも……

 

 
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